土曜、祖母2号の誕生日でした。83歳。
70過ぎたくらいまでずっと働いていました。
詳しく覚えていませんが、たしか60後半くらいに糖尿病になりました。
70すぎで教育入院をして、その後からウチで引き取ることになりました。
それから両親は祖母2人をみるようになり、「おばあちゃん」と呼んだら
2人が振り向くか、どちらも反応が遅くなるので名前で呼ぶようにしました(笑)。
娘時代みたいで良かったみたいです。
次第に腎臓が悪くなり、「クレアチニン」だったかの数値を気にするようになりました。
すぐに人工透析を、と言われたのに母は頑張って3,4年引き伸ばしました。
今は週3回透析に通っていますが、送り迎えをしてくださるボランティアの方に恵まれ
一応順調です。
一時期は80までは生きてくれたらな、なんて言ってましたが
それも3年過ぎることが出来ました。
今度は84歳のお祝いが出来るように頑張ってね。
写真も撮ったのに良いのが撮れませんでした
そして今日は母の日でしたね。
祖母のところには母の兄弟4人全員揃っていました。
私はちょっとだけバーゲンに行きましたが
一応ちゃんと、晩御飯は作りましたよ
プレゼントも良いけれど(また後日改めて、ね)、
主婦はおさんどんしないでいいのが一番嬉しいんでしょう?!
私はたまにしかしないからお料理も楽しいけれど
1日3回すると思ったらゾッとする
母の力は偉大なり
ま、母の日に限らず仕事が夕方になければ喜んで作りますとも
そうです。クレアチニンで正解です!
透析はとても辛いときいたことがあります。
ぶうもいつかはお世話になることと思います。
そうなる前に、後付のすい臓ができないかと期待しております。
腎臓に負担をかけない食事など、とてもお母様は工夫されているんでしょうね。
毎日大変だと思います。
…ぶうもお母様のごはんをご相伴いただきたいものだ…と厚かましくも、思ってしまいました。
ぶうにゃんさま
透析、よく辛いと聞きますね。
幸いなことに、祖母は適度にボケています。
なので透析の辛いことも大方忘れているようなので
こちらとしても助かるんですよ。神様仏様ご先祖様が
うまいことして下さってるんだと感謝しています。
でも透析って、糖尿病から進み易いことではあるけれど
必ず通る道だとは限らないのではないんですか?
たぶんその人の弱い方へ進むのは確かなようで…祖母はお漬物があれば
それだけで良い人でしたから、塩分が取れなくなる方向へ
なるべくしてなったんでしょうね~
食事は、初めのうち私が単位やカロリーの計算をしていました。
それを基に母が作るわけですが…もともときっちり計ったり
出来ない性格の母ですから、何ヶ月かで守るどころか
参考にもしなくなりましたよ(笑)。
なので普通の食事を、量で調節、くらいです。
透析のしんどさは、御本人は勿論、サポートする御家族も然り・・と聞いたことがあります。
御長寿でなにより、ますますお元気で長生きなさっていただきたいものです(^^)
主婦は・・ううん・・墓穴掘るのでやめときます(笑)
YOSHIE♪さま
週2回でも3回でも、送り迎えだけでもかなりの重労働ですね。
それをサポートしてくださる方がいらっしゃって、ほんとうにほんとうに
助かっているのですが、やっぱり毎日変わる帰宅時間にいないといけないこと
などもかなりな負担です。
でもまだまだウチは楽なほうで有り難いです。
え、どんな墓穴掘るんすか(笑)??