このたびの地震により被害を受けられた皆様に、心よりお見舞いを申し上げます。
この一週間の出来事、悪夢を見ているかのように、信じたくないことばかりです。
夢であって、目が覚めたら何も起こっていなければいいのに・・・。
被災地のみなさんは、恐れや不安、悲しみの深さは尋常でないと思われるのに
強く生きておられる姿に心打たれます。
昨日も今日も大阪でさえ雪が降り、とても寒いです。
東北地方はもっともっと寒いはずなのに、暖房なしに近い状態で頑張ってらっしゃるんですよね。
頑張ってください、なんてもう、いえないですね。
これ以上、どうやって頑張るの。
私に何が出来るんだろう。何もできないや・・・歯がゆいばかりです。
ちゃんと届けてくれるところに、わずかでも寄付をし続けることくらいしか
今のところ思いつきません。
荷物を送ろうと思っても、関東にもいつつくかわからん、という理由で断られています。
渋滞がすごい上、燃料がない、とか。
チェーンメールにも驚きました。例の有名な「関西電力で働いている友人からのメールです、云々」。
まったく関係のない友達2人から同時に、その後また別の友達から一通、来ましたが
「みんなで応援しましょう!!」的な一見とても温かいメールでした。
それなのに「ん?」と思って停めた私が悪い人なんか?と思わせるくらい。
それを最初に送った人に、悪意がなかったと信じたいです。
1週間が経とうとしていますが、さあ復興、というところにはまだまだ辿り着けないかと思います。
余震などもう終息に向かうのか、そして原発・・・考えるほどに不安がつのりますが
大勢の亡くなった方々、命拾いをしても何もかも失いながら気丈に生き抜こうとされている方々、
そして決死の覚悟で原発で闘っている方々・・・みなさん、いろいろなことを教えてくれてありがとう。
これらの方々がたくさんの教訓を生んだり残したりしてくれることを決して無駄にしないこと、
それが私たちの使命なんだと思います。
同感です・・芸術やスポーツで元気を与えよう・・的な意見は否定はしませんが、今すべきこととはちょっと違うような気もします。募金以外何もできない、医療などの特殊能力も持ち合わせていない自分は、ただ毎日節電したり買占めしないようにしながら、細々と募金に励むだけです(汗)
いつもTVでえらそうにしてる大物司会者が、言葉尻のよい応援だけで、一銭も出していないらしい・・というネット記事を見かけたのですが、金額の大小や話題性で、有名人の方は取り上げられますが、名もなき一般の方が、被災地の方々の無事を願って、ささやかながら、行うことと資金力の差はあっても、根底は同じはず。一度ドカン・・とやったら終わりじゃなく、何年もかけて少しずつ、チャリティの気持ちをひっそり持ちながら、心で応援するのみですね。
YOSHIE♪さま
何もかも失った被災者の方が、とっても小さなことに
「ありがとう」とか「たすかります」とか笑顔でおっしゃるのに
こっちでは義捐金いくら出しただの、どうでもいいことが話題になる・・・それって、よね。
金額が大きい小さいではなく、自分が出来る事をどのくらいしてるか、
どのくらい気持ちがあるか、じゃないかな。
姪っ子もお金の値打ちに興味が出てきたところなので
自分のお小遣いから寄付することを教えてみようかなと思ってます。